患者さんとの思い出のエピソード。歯科医師を目指したきっかけ、この地に開業した経緯について教えてください。
高校生のころ医者になりたかったのですが、内科医だったおじに「余命いくばくもない患者さんに事実をきちんと伝え、亡くなるまでしっかりと診ることができるか?」と問われ、答えに窮してしまったんです。正直言って、自分には務まらないと思いました。とはいえ、文系学部の受験に方向転換もできず、困ってしまいました。
すると、そのおじが「女性の歯医者さんっていいと思うよ」と助け舟を出してくれましてね。手先が器用なこともあり、「そうか!」と私の心はすんなり決まりました。
でも、じつは高校時代の私はかなり暴れん坊で運動が得意です。体育の先生に「体育大学ならどこでも推薦できるわよ」と言われていたんです。
埼玉県内で勤務医をしていたころ、多摩市で新規開業する歯科医院がドクターを募集していると知りました。当時、多摩市に住んでいた親戚が「ここはいい街だ」と言うので応募しましたら、採用されたのです。この地とのご縁はそこから始まりました。
勤務先の院長先生は素晴らしい方で、私は充実した毎日を過ごしていました。ところが、しばらくして体調を崩され、とうとう医院を続けられなくなってしまったのです。それまで8年間勤めた私はこの地域への愛着がわいていたし、ずっと診てきた患者様とのつながりも大事にしたかった。それで多摩市での開業に踏み切ったというわけです。開業に当たり、私の苗字の「新井」にちなんでアライグマをロゴにしました。デザインしたのは私のいとこなんですよ。
開業前の多摩市での勤務医時代に、私が担当することになった男性の患者様が受付で声を荒らげているのを耳にしたんです。「女性はだめだ。男性の歯科医師にしてくれ」と。
その方は他院でつくった入れ歯が合わず抗議に行き、その帰り道で私の勤務先に来院されたのでした。
私は「そうおっしゃらず一度診せてください。お気に召さなければ、いつでも交代いたしますから」と粘り、診察させていただきました。何度かお会いするうちに、その方が「あなたでいい」と言ってくださったときは、心の底から嬉しかった。残念なことに、もうお亡くなりになりましたが、開業後もずっと通ってくださいました。